夏越の大祓(なごしのおおはらい)は、毎年6月30日に日本全国の多くの神社で行われる、半年間の罪穢れを清める神事です。この行事は、過ぎ去った半年の間に知らず知らずのうちに積み重なった心身の穢れを祓い清め、来るべき後半年の無病息災を願う、古くから続く大切な日本の文化です。特に、蒸し暑く疫病が流行りやすい夏本番を前に、心身をリフレッシュし、新たな気持ちで残りの半年を健やかに過ごすための区切りとして、昔の人々にとっては欠かせない行事でした。現代においても、その深い意味合いや、茅の輪くぐりといった象徴的な行為は、私たちに心の安寧と、古き良き日本の知恵を伝えています。
① 由来と意味
夏越の大祓は、毎年6月30日(旧暦では6月晦日)に日本各地の神社で行われる重要な神事です。その起源は古く、奈良時代にまで遡ると言われています。この行事は、古代から伝わる**「大祓(おおはらい)」**という神道の祭祀に由来しています。大祓とは、半年間の間に知らず知らずのうちに犯してしまった罪穢れ(つみけがれ)を祓い清め、心身を清浄な状態に戻すための儀式であり、国家的な規模で執り行われていました。特に夏越の大祓が行われる旧暦の6月は、梅雨が明け、本格的な夏の暑さが到来し、疫病が流行しやすい時期でした。そのため、人々は暑さや病気に対する不安を抱えており、この時期に身を清めることは、来るべき厳しい夏を無事に乗り切るための切実な願いとされていました。
この行事が制定された主な理由と目的は、人々が日常生活の中で、意図せずとも触れてしまう「罪穢れ」を祓い、心身を清めることにありました。神道において「穢れ」は、病気や災厄、不運を引き起こすと考えられていました。特に、暑さで体力が落ち、疫病が蔓延しやすい旧暦6月は、その穢れを大々的に清める必要性が高かったのです。また、この大祓は、新年を迎える前に行われる12月31日の「年越の大祓(としこしのおおはらい)」と対をなすもので、半年ごとの節目に身を清め、新たな気持ちで次の期間に進むための精神的なリセットの機会でもありました。国家や社会全体が健全であるためには、それを構成する個々の人々が清らかであることが重要である、という思想が根底にありました。
昔の人々がこの行事に込めた思いは、**「無事に半年を過ごせたことへの感謝」と「これからの半年を健やかに生きるための切なる祈り」**に集約されます。彼らにとって、疫病や自然災害は日々の生活を脅かす現実的な脅威であり、科学や医療が未発達な時代において、神の力を借りて厄を祓い、身を守ることは、極めて重要な心の拠り所でした。茅の輪をくぐったり、形代(かたしろ)に息を吹きかけて水に流したりする行為は、自身の罪穢れを具象化して清める、という素朴で力強い信仰の現れでした。夏越の大祓は、厳しい自然環境の中で生きる人々が、心身を清め、新たな活力を得て、生命の維持と繁栄を願う、生きていく上での深い願いが込められた行事だったと言えるでしょう。
② 旧暦と現在の暦
夏越の大祓:旧暦と現在の暦、そしてその影響
旧暦(太陰太陽暦)
旧暦(太陰太陽暦)の**6月晦日(みそか)**に行われていました。
晦日とは月の最終日のことです。つまり、旧暦6月の最後の日に行われる行事でした。
現在の暦(新暦:太陽暦)
現在の暦(グレゴリオ暦)では、多くの神社で6月30日に行われています。
日付の変化:昔と今で日付が変わった理由
明治5年(1872年)に、それまでの旧暦(太陰太陽暦)から、現在の太陽暦(グレゴリオ暦)への改暦が行われたためです。
太陰太陽暦は月の満ち欠けを基準としつつ、太陽の動きに合わせて閏月(うるうづき)を挿入して季節のずれを調整していました。これにより、日付と季節感が大きくずれることはありませんでしたが、月の満ち欠けに連動するため、新暦とは日付が大きく異なります。
太陽暦は太陽の動きのみを基準とするため、日付が固定され、季節とのずれがほとんどありません。
改暦により、旧暦6月30日という「月の満ち欠けに基づく日付」は、太陽の動きに基づく「新暦の6月30日」に固定されることになりました。
暦の影響:暦の変化が行事にどう影響したか?
季節感とのズレ:
旧暦6月30日は、現代の感覚で言えばおおよそ7月下旬から8月上旬頃にあたることが多く、ちょうど夏の最も暑い盛りの時期でした。
現在の新暦6月30日は、梅雨の最中であり、まだ本格的な夏の暑さはこれから、という時期にあたります。
行事の目的との整合性:
夏越の大祓は、過ぎし半年の穢れ(けがれ)を祓い、来るべき後半年の無病息災を願う行事です。特に、疫病が流行りやすい本格的な夏の到来を前に、身を清めるという意味合いが強くありました。
新暦に固定されたことで、この「本格的な夏の到来を前に」という本来の季節感との整合性が失われ、梅雨の時期に行われるようになりました。
一部の地域や神社では、現在でも旧暦に合わせて夏越の大祓を行ったり、旧暦6月30日頃にあたる8月頃に「夏祭り」として関連の神事を行うことで、本来の季節感を残そうとしています。
旧暦の頃はどんなふうに行事を過ごしていたのか?(夏越の大祓)
厳しい夏の始まりに身を清める:
旧暦6月30日は、梅雨が明け、本格的な暑さが到来し、疫病や災厄が増えやすい時期でした。人々は、暑さによる体力の消耗や病気への不安を抱えていました。
そのため、この日に行われる大祓は、単なる形式ではなく、半年間の罪穢れを清め、来るべき厳しい夏を健康に乗り切るための切実な願いが込められた、非常に重要な心の区切りでした。
茅の輪くぐりと形代(かたしろ):
多くの地域で、大きな**茅の輪(ちのわ)**が神社の境内に設けられ、人々は「水無月(みなづき)の夏越の祓する人は、千歳(ちとせ)の命延(の)ぶというなり」という和歌を唱えながら、その輪を八の字にくぐり抜けました。
また、自分の身代わりとなる**形代(人型に切った紙)**に息を吹きかけたり、体を撫でたりして穢れを移し、それを川や海に流すことで、厄を祓いました。
「水無月」を食べる習慣:
京都などでは、夏越の大祓の日に**「水無月(みなづき)」**という和菓子を食べる習慣がありました。これは、氷が貴重だった時代に、三角形に切ったういろうを氷に見立て、上に小豆を乗せて疫病除けや暑気払いとして食されました。
心と体の準備:
旧暦の夏越の大祓は、厳しい夏の始まりを前に、物理的な掃除や整頓だけでなく、精神的なリフレッシュと決意を新たにする機会として、人々の生活に深く根差していました。
③ 二十四節気と季節の特徴
旧暦6月30日(夏越の大祓の本来の日付)は、二十四節気のうち**「小暑(しょうしょ)」または「大暑(たいしょ)」**の時期にあたることが多かったと考えられます。
小暑は7月7日頃、大暑は7月23日頃です。旧暦は新暦より約1ヶ月遅れるため、旧暦6月下旬は新暦の7月下旬から8月上旬頃に相当します。
現在の新暦6月30日は、二十四節気のうち**「夏至(げし)」(6月21日頃)が過ぎ、「小暑(しょうしょ)」**が始まる直前、または始まったばかりの時期にあたります。
旧暦6月30日頃(小暑〜大暑の時期)の季節の特徴:
本格的な夏の到来:
梅雨が明け、一年で最も暑い時期に入ります。日差しが強く、気温が急上昇し、蒸し暑さが続くようになります。
夏の盛りの自然:
セミが鳴き始め、ヒマワリなどの夏の花が咲き誇ります。田んぼでは稲が青々と成長する時期です。
疫病の流行期:
暑さによる体力の消耗や、食中毒など、体調を崩しやすい時期であり、疫病が流行しやすい時期でもありました。
天候の急変:
夕立や雷雨も増え、時には台風の接近も始まる時期です。
現在の新暦6月30日頃(夏至〜小暑直前の時期)の季節の特徴:
梅雨の盛り:
まだ梅雨の期間であり、雨が多く、湿度が高い状態が続きます。
夏の準備期間:
本格的な暑さはまだこれから、という段階です。
カビや湿気:
湿気による不快感や、カビの発生などが気になる時期でもあります。
昔の人々がこの時期をどう過ごしていたか?
暑さ対策と疫病除けの意識:
旧暦の頃の夏越の大祓の時期は、まさに暑さとの本格的な戦いが始まる頃でした。人々は、体調管理に細心の注意を払い、疫病除けの民間療法や神事にも積極的に参加しました。
特に、「水無月の晦日に氷室を開けて氷を食す」(貴族層)や、「水無月(ういろうと小豆の和菓子)を食べる」(庶民層)といった習慣は、暑気払いや体調管理の一環でした。
夏の農作業の節目:
田植えが終わり、稲の成長を見守る時期でもあり、夏の農作業の重要な節目でした。
涼を求める工夫:
風通しの良い家屋で過ごし、打ち水をして涼を取る、涼やかな着物を身につけるなど、日々の生活の中で様々な工夫を凝らしていました。
心身の清め:
半年間の罪穢れを祓い、心身を清めることで、病気や災厄から逃れ、残りの半年を健やかに過ごせるよう願う意識が非常に高かったと考えられます。日常の疲れや心の垢を落とし、新たな気持ちで夏を迎える精神的な区切りでした。
その節気の時期に行事が行われる理由
半年間の区切りとリセット:
「夏越の大祓」は、半年間の節目であり、半年間の罪穢れをリセットする重要な意味合いがありました。1年の始まりと中間の区切りとして、年末の大祓(12月31日)と対をなす行事です。
本格的な夏の危険への備え:
旧暦の夏越の大祓は、小暑や大暑といった最も暑く、疫病が流行しやすい時期の直前・真中に行われることで、人々が健康を損ないやすい時期に、神の力で厄を祓い、無病息災を願うという、切実な理由がありました。現代のように衛生環境や医療が発達していなかった時代には、この儀式は人々の心の支えであり、具体的な予防策と認識されていました。
自然のサイクルと調和:
昔の人々は、自然のサイクルと生活が密接に結びついていました。夏の盛りに身を清めることは、自然の生命力と調和し、その恵みを受けるための準備でもありました。
季節の変わり目の区切り:
特に湿気の多い梅雨から、一気に暑くなる夏の変わり目は、体調を崩しやすい時期です。この節目に儀式を行うことで、心身の切り替えを図り、厳しい季節に立ち向かうための活力を得ようとしました。
④ 行事の楽しみ方(昔と今)
夏越の大祓は、半年間の穢れを祓い、清らかな心で残りの半年を迎えるための重要な神事です。平安時代から宮廷で行われてきたこの儀式は、時代とともに庶民の間にも広がり、地域ごとの特色を持つようになりました。現在では、伝統を守りながらも、新しい楽しみ方が加わり、幅広い世代に親しまれています。
昔の人々の過ごし方と風習
かつての夏越の大祓は、宮廷や神社だけでなく庶民の間にも広がり、それぞれの立場で身を清める習慣がありました。
宮廷の大祓式(貴族・役人の儀式)
平安時代の宮中では、貴族や役人が参加する大規模な大祓式が執り行われ、厳粛な儀式のもとで半年分の穢れを祓っていました。儀式の中心には**大祓詞(おおはらえのことば)**があり、神前でこれを唱えながらお祓いを受け、一年の無病息災を祈る重要な神事として宮廷に深く根付いていました。
庶民の祓えの風習(川や海での穢れ祓い)
庶民の間では、**形代(かたしろ)**を使う風習が広まりました。形代は、紙や草の人形に自分の穢れを託し、川や海へ流すことで清める習慣です。古くから、日本では水の力を利用して災いを遠ざける考え方があり、流した形代が遠くへ行くほど厄が離れると信じられていました。この風習は、穢れを祓い、清らかな心で新たな節目を迎えるための大切な儀式として受け継がれています。
茅の輪くぐり(疫病除けの儀式)
茅の輪くぐりは、「蘇民将来(そみんしょうらい)」の伝説に由来し、疫病除けの願いが込められた儀式です。神社の境内に設置された大きな茅の輪を「左回り・右回り・左回り」と三度くぐることで、穢れを祓い、健康と無病息災を願う習わしが生まれました。この風習は、日本各地の神社で受け継がれ、現代でも多くの人々が参拝しながら体験する夏越の大祓の重要な神事のひとつです。
地域ごとの違いと特色の背景
日本各地では、夏越の大祓に関連する行事や風習が独自の形で発展してきました。それぞれの地域で人々の暮らしや信仰が異なり、それが祭りの特色として現れています。
京都:水無月を食べる習慣
京都では、夏越の大祓の日に**「水無月(みなづき)」**という和菓子を食べる習慣があります。これは、氷が貴族の特権だった時代に、庶民が氷の形を模した菓子を作ったことが起源とされています。水無月を食べることで、暑気払いや厄除けの願いが込められ、夏を健やかに過ごすための風習として今も受け継がれています。
大阪:住吉大社の大祓式
住吉大社の夏越の大祓では、通常の茅の輪くぐりに加えて、大祓詞(おおはらえのことば)を唱えながらお祓いを受ける厳粛な儀式が行われます。この神事は、全国でも有名な大規模な大祓式の一つで、多くの参拝者が訪れ、半年間の穢れを祓い無病息災を願う重要な神事となっています。
関東・東北:流し祓えの習慣
川や海に形代を流す習慣は、日本各地に色濃く残り、地域によっては祭りの一環として行われています。これは、形代を水に流すことで穢れや災いを遠ざけ、心身を清めるという意味が込められた風習です。古くから人々は水の力を利用して穢れを祓い、健やかな生活を願ってきました。この伝統は今も受け継がれ、多くの神社や地域の祭りで大切に守られています。
愛知(稲沢市):尾張大國霊神社(国府宮神社)「除疫祭並輪くぐり」
国府宮の地には古くから、人々が健やかに暮らすための願いが深く根付いていました。はるか昔、この地で疫病が流行した折、素盞嗚尊が旅の途中で宿を貸してくれた蘇民将来に対し、「疫病が流行した際には、茅の輪を腰に付けていれば災いを免れる」と教え、その通りにしたところ、村人が疫病にかからなかったという故事が伝わっています。この教えが、やがて茅の輪をくぐって身を清める「輪くぐり神事」として受け継がれ、夏の時期に流行する病から身を守る、大切な祈りとして斎行されるようになりました。国府宮では、この神事を「除疫祭並輪くぐり」と称し、知らず知らずのうちに身についた罪穢れを祓い清め、無病息災を祈る、夏の終わりの大切な行事として今日まで伝えられています。毎年7月31日に執り行われ、拝殿前に巨大な茅の輪が設置されます。
現代の楽しみ方
時代が変わっても、夏越の大祓は多くの人々に受け継がれています。伝統を守るとともに、新しい楽しみ方も加わりながら進化しています。
神社での大祓式
全国の神社では毎年6月30日に大祓式が執り行われ、多くの人が参拝します。参拝者は茅の輪くぐりを体験し、半年間の穢れを祓いながら無病息災を願います。また、**形代(かたしろ)**を奉納し、お祓いを受けることで心身を清め、清らかな気持ちで後半の半年を迎える伝統的な儀式として、今も広く受け継がれています。
家庭でできる祓え
家庭での夏越の大祓の過ごし方として、紙や布で形代を作り、穢れを託して静かに祈る習慣があります。また、手作りのミニ茅の輪を玄関や庭に飾り、家族の健康と安泰を願うことで、行事を身近に感じることができます。さらに、京都の風習にならい**水無月(みなづき)**を食べることで、季節の節目を意識しながら夏越の大祓を楽しむ人も増えています。
SNSでの広がり
SNSを活用した夏越の大祓の広がりも進んでいます。「#夏越の大祓」「#茅の輪くぐり」などのタグを使い、行事の魅力を発信する人が増えており、写真や動画を通じて伝統文化を共有しています。また、日本の伝統文化を海外へ紹介する動きも活発になり、神事の美しさや意味を世界に広めるきっかけとなっています。さらに、神社がSNSでイベント情報を発信することで、参加者が増え、より多くの人がこの伝統行事に触れる機会が広がっています。
イベント・ワークショップ
夏越の大祓では、茅の輪づくり体験を通じて、伝統的な技法を学びながら神事の意味を知るワークショップが開催されることがあります。また、夏祭りと組み合わせたイベントでは、屋台の出店や文化体験が楽しめる場として、多くの人々が参加します。さらに、和菓子や伝統料理のイベントが行われ、夏越の大祓にちなんだ食べ物を味わいながら、季節の節目を感じる機会となっています。
⑤ 豆知識・意外な歴史
時の流れは、ただ過ぎ去るものではありません。昔の人々は、季節の移り変わりに意味を見出し、時間の節目を大切にしてきました。自然とともに暮らし、暦を頼りに生きていた時代、時間の流れは神聖なものであり、生活の中に溶け込んでいたのです。
その中で生まれたのが夏越の大祓(なごしのおおはらえ)。半年の穢れを祓い、新たな時間を迎えるこの神事は、人々の願いとともに脈々と受け継がれてきました。「厄を遠ざけ、健康に過ごしたい」「次の半年を穏やかに迎えたい」──そんな切なる願いが込められた行事には、意外な歴史や知られざるエピソードが数多く隠されています。
時の流れと人々の願い
私たちの日常には、意識せずとも古くからの習慣や行事が息づいています。その一つが、6月の終わりに執り行われる「夏越の大祓」です。半年分の穢れを祓い清めるこの神事は、一見すると厳かで神秘的なものに思えるかもしれません。しかし、その背景には、昔の人々の素朴な時間の捉え方や、現代の私たちにも通じる切実な願いが隠されています。
昔と今の時間の感覚
昔の人々にとって、時間は今のように正確な時計で測るものではありませんでした。太陽の動きや月の満ち欠け、そして季節の移り変わりが、彼らの生活リズムそのものだったのです。田植えや収穫、祭りの時期など、自然と調和した時間の流れの中で、彼らは自らの心身の調子を整え、来るべき季節への備えをしていました。
そんな中で、一年の折り返し地点である夏越の大祓は、まさに**「時間の区切り」**として大きな意味を持っていたのです。上半期の厄災や心身の不調を水に流し、新たな気持ちで下半期を迎える。現代の私たちはカレンダーやスマートフォンのリマインダーで時間を管理していますが、昔の人々は自然の節目を通して、もっと身体的・精神的に時間を意識していたのかもしれませんね。
この行事は、現代の私たちの時間の使い方にも影響を与えています。忙しい日々の中で見失いがちな「季節の節目」や「立ち止まって自分を振り返る」大切さを教えてくれます。デジタルな時間管理だけでなく、自然のリズムに合わせた時間の使い方を意識するきっかけになるでしょう。
受け継がれる「茅の輪くぐり」と意外な歴史
夏越の大祓で最も象徴的なのが、茅(ちがや)で作られた大きな輪をくぐる**「茅の輪くぐり」**です。この行為には、心身を清め、厄を祓う意味が込められています。この「茅の輪くぐり」にも、実は知られざるエピソードがあります。
昔々の物語と茅の輪の起源
昔々、備後の国に蘇民将来(そみんしょうらい)という心優しい男がいました。彼は旅の途中で宿を求めた神様を、貧しいながらも精一杯もてなしました。その神様こそが、疫病を司る武塔神(むとうしん、または素盞嗚尊)でした。感謝した神様は、蘇民将来とその子孫に「茅の輪を腰につければ疫病から逃れられる」と告げたのです。これが茅の輪の起源とされています。
このエピソードが示すように、夏越の大祓は単なる神事ではなく、古くから疫病退散という人々の切実な願いと深く結びついていました。
茅の輪くぐりの変遷とその意味
起源の多様性:
茅の輪くぐりの起源には諸説あり、上記のような神話のほかにも、仏教の「六根清浄」の思想との関連性が指摘されています。
変遷する形:
茅の輪くぐりの具体的な作法や祓いの言葉は時代や地域によって少しずつ変化してきました。現在に残る形は、様々な信仰や習慣が融合した結果といえるでしょう。
疫病との闘い:
特に疫病が蔓延した時代には、夏越の大祓は人々の心の拠り所となり、病への不安を和らげる役割も担っていました。
未来へと受け継がれる願い
夏越の大祓は、単なる伝統行事ではなく、昔の人々の知恵や願い、そして私たち自身の心と体を整える機会として、現代にも深く受け継がれています。 「半年の穢れを祓い、新しい時間を迎える」――その精神は、今も変わらず日本各地で守られ続けています。
⑥関連するお祭り
夏越の大祓(なごしのおおはらい)は、来るべき夏本番を前に、半年間に溜まった穢れを祓い清める神事です。日々の暮らしの中で、知らず識らずのうちに身についた罪穢れを清めるための大切な区切りであり、私たちを清らかな状態で次の半年へと導くためのものです。この大祓の精神は、全国各地で様々な形のお祭りとして受け継がれ、人々の暮らしに深く根付いています。これらの祭りは、単なる賑やかな行事ではなく、地域の歴史や人々の切なる願いが込められた、特色あるものばかりです。
地域ごとの特色ある祭り
夏越の大祓に関連するお祭りや、その精神を受け継ぐ行事は、日本各地で見られます。ここでは、特に代表的な祭りの例をいくつかご紹介しましょう。
茅の輪くぐり祭(全国各地の神社)
祭りの由来:
遠い昔、旅の途中にあった**素盞嗚尊(すさのおのみこと)が、一夜の宿を求めた際、貧しいながらも厚いもてなしをしてくれた蘇民将来(そみんしょうらい)**に対し、「疫病が流行した折には、茅(ちがや)で作った輪を腰に付けていれば災いを免れるであろう」と教えました。その教えの通りにした蘇民将来の一家は、疫病から免れたという故事が、この「茅の輪くぐり」の始まりとされています。人々は、この故事に倣い、茅の輪をくぐることで、知らず知らずのうちに身についた罪穢れを祓い清め、疫病退散と無病息災を願うようになりました。
開催日: 毎年6月30日(多くの神社で、半年間の穢れを祓う大祓の日に合わせて行われます)
場所: 全国各地の様々な神社(例:京都の北野天満宮、三重の伊勢神宮、福岡の太宰府天満宮など、多くの神社の境内)
特徴:
神社の鳥居下や拝殿前に、人の背丈ほどもある大きな茅の輪が設置されます。参拝者は、この輪を「水無月の夏越の祓する人は千歳の命延ぶというなり」などの和歌を唱えながら、「左回り→右回り→左回り」と8の字を描くように三度くぐり抜け、心身の穢れを祓い、残る半年の健康を祈願します。
水無月祭(京都)
祭りの由来:
平安時代の宮中では、暑い夏を乗り切るため、氷を食べて邪気を払うという風習がありました。しかし、庶民には氷は手の届かない贅沢品。そこで、**氷に見立てたういろうに、邪気払いの小豆を乗せた和菓子「水無月」**が生まれ、夏越の大祓の時期に食べることで、無病息災を願うようになりました。
開催日: 6月30日
場所: 京都の神社(例:下鴨神社、上賀茂神社など)および京都市内の和菓子店
特徴:
神事としては茅の輪くぐりなどが行われますが、京都では特に**「水無月」という和菓子を食べる風習**が強く根付いています。三角形のういろうに小豆が乗せられた水無月は、邪気を払うとともに、涼を呼ぶ夏の和菓子として親しまれています。
人形流し(京都・奈良の神社)
祭りの由来
:平安時代の貴族の間で行われていた厄除けの儀式に由来します。人々は、自分の身代わりとなる紙製の「人形(ひとがた)」に名前や年齢を書き、それに息を吹きかけたり、体を撫でたりすることで、半年間の罪穢れや災厄を移しました。その人形を川や海に流すことで、穢れを水に流し、心身を清めることを願ったのです。
開催日: 6月30日
場所:京都・奈良の神社(例:京都の貴船神社、地主神社、奈良の春日大社など)
特徴:
参拝者は、紙でできた**人形(ひとがた)**に自身の名前や年齢を書き込み、穢れを託して川や海に流します。これは、古くから日本に伝わる「形代(かたしろ)」信仰の一環であり、身代わりによって災厄を祓うという願いが込められています。
地域に根差した特別な夏越の祭り
前述の一般的な大祓の形式に加え、地域ごとの信仰や歴史と深く結びついた、特別な夏越の祭りが各地で見られます。
愛知・津島神社「津島天王祭(つしまてんのうまつり)」
祭りの由来:
津島天王祭は、全国の天王信仰の総本社である津島神社の祭礼で、疫病退散を祈願する夏祭りとして知られています。かつて疫病が流行した際に、**牛頭天王(ごずてんのう)**の神徳によって鎮まったという言い伝えに由来し、夏越の大祓と同じく、夏の疫病から人々を守る願いが込められています。
開催日:7月第4土曜日・日曜日(宵祭が土曜、朝祭が日曜)
場所:津島神社および天王川公園(愛知県津島市)
特徴:
宵祭の提灯をつけた**巻藁船(まきわらぶね)や、朝祭の飾り付けられた車楽船(だんじりぶね)**が天王川を進む姿は圧巻です。水面に映る提灯の明かりは幻想的で、壮大な夏の絵巻のようです。
愛知・尾張大國霊神社(国府宮神社)「除疫祭並輪くぐり(じょえきさいならびにわくぐり)」
祭りの由来:
国府宮の地には古くから、人々が健やかに暮らすための願いが深く根付いていました。はるか昔、この地で疫病が流行した折、**素盞嗚尊(すさのおのみこと)が旅の途中で宿を貸してくれた蘇民将来(そみんしょうらい)**に対し、「疫病が流行した際には、茅の輪を腰に付けていれば災いを免れる」と教え、その通りにしたところ、村人が疫病にかからなかったという故事が伝わっています。この教えが、やがて茅の輪をくぐって身を清める「輪くぐり神事」として受け継がれ、夏の時期に流行する病から身を守る、大切な祈りとして斎行されるようになりました。国府宮では、この神事を「除疫祭並輪くぐり」と称し、知らず知らずのうちに身についた罪穢れを祓い清め、無病息災を祈る、夏の終わりの大切な行事として今日まで伝えられています。
開催日: 毎年7月31日
場所: 尾張大國霊神社(国府宮神社)拝殿前(愛知県稲沢市国府宮)
特徴:
拝殿前に巨大な茅の輪が設置され、参拝者はこの輪をくぐって半年間の罪穢れを祓い清め、無病息災を祈願します。夜間もくぐることができ、夏病み除けのご祈祷も行われます。
大阪・住吉大社「夏越祓神事(なごしのはらいしんじ)」
祭りの由来:
住吉大社の夏越祓神事、別名「夏越神事」は、古くから伝わる水に穢れを流すという信仰に基づいています。人々は、身についた罪穢れを人形(ひとがた)に移し、それを川に流すことで、半年間の災いを祓い清めるのです。この神事は、来るべき暑い夏を無事に乗り切るための、古来からの祈りの形が今に受け継がれています。
開催日: 7月31日
場所: 住吉大社(大阪府大阪市住吉区)
特徴:
茅の輪くぐりに加えて、参拝者が自分の名前や年齢を書き込んだ**人形(人の形をした紙)に息を吹きかけ、身代わりとして川に流す「人形流し」が行われます。また、「夏越の御祓(おはらい)餅」**という伝統的な和菓子が授与され、これを食することで無病息災を願う風習があります。
東京大神宮(東京)
祭りの由来:
縁結びの神社としても知られる東京大神宮は、「東京のお伊勢さま」と称され、伊勢神宮の祭神を祀っています。夏越の大祓は、これらの神々の前で半年間の罪穢れを祓い清め、心身を清浄な状態に戻すための大切な神事です。良縁祈願と合わせて身を清めることを願う参拝者も多いです。
開催日: 例年6月30日
場所: 東京大神宮(東京都千代田区)
特徴:
特別な祈願:
縁結びの神社であるため、大祓式では心身の清浄と共に良縁祈願が執り行われることも特徴です。
茅の輪くぐり:
境内に設置された茅の輪をくぐり、半年間の厄や穢れを祓い清めます。茅の輪は祭典当日だけでなく、6月下旬頃から数日間設置され、自由に茅の輪くぐりができるように配慮されています。
形代(かたしろ)のお祓い:
人の形に切り抜いた紙の「形代(ひとがた)」に名前と年齢を書き、体を撫でたり息を吹きかけたりして自身の罪穢れを移し、奉納します。
伊勢神宮(三重)
祭りの由来: 日本の総氏神である天照大御神を祀る伊勢神宮では、半年の罪穢れを祓い清め、心身を清浄に保つための「大祓式」が古くから厳粛に執り行われてきました。神職が中心となって、国家と国民の安寧、そして神宮の清浄を祈る大切な神事です。
開催日: 例年6月30日(午後4時頃)
場所: 伊勢神宮(三重県伊勢市)
※祭典自体は、内宮または外宮の神楽殿近くの祓所などで行われ、一般参拝者が直接参加する形とは異なります。
特徴:
形の奉納:
神宮では、茅の輪くぐりの代わりに、神楽殿などで「形代(かたしろ)」を授与し、奉納することで、罪穢れを祓い清めることができます。
厳粛な神事:
神職・楽師らを祓い清める儀式であり、大宮司以下の神職が奏上する「大祓詞(おおはらえことば)」は、日本の大祓の中でも特に荘厳なものです。
茅の輪くぐり:
一般の参拝者が茅の輪くぐりを体験できる茅の輪は、伊勢神宮の境内では設けられていませんが、伊勢市内の関係神社(例:猿田彦神社など)や、おかげ横丁の「夏まちまつり」などで設置されることがあります。
祭りの歴史や楽しみ方
夏越の大祓の歴史は、古代の神道儀式にまで遡るとされています。『日本書紀』にも記述があり、平安時代には宮中行事として行われていました。現在では、全国の神社で広く行われ、地域ごとに特色ある祭りとして発展しています。
楽しみ方としては…
茅の輪くぐりを体験:
神社の境内に設置された大きな茅の輪を、8の字を描くように3回くぐることで厄除けをします。✨
水無月を食べる:
特に京都では、この時期に和菓子「水無月」が和菓子店で販売されます。これを食べることで邪気を払い、暑気払いをします。🍡
人形流しに参加:
自分の名前や年齢を書き込んだ人形(ひとがた)に息を吹きかけ、身代わりとして川に流すことで、心身を清めます。🌿
夏越の大祓と祭りの関係
夏越の大祓は、半年間の穢れを祓い、残りの半年を健康に過ごすための神事です。これに関連する祭りは、いずれも「厄除け」「健康祈願」「穢れを祓う」ことを目的としており、地域ごとの特色を持ちながら受け継がれています。茅の輪くぐりや人形流しといった具体的な行為を通じて、人々は目に見えない罪穢れを清め、清々しい気持ちで新たな季節を迎える準備をするのです。
⑦ 関連する手遊び・童謡・絵本・昔ばなし・落語
夏越の大祓は、単なる神事としてだけでなく、古くから人々の暮らしの中でさまざまな文化と結びついてきました。子どもたちが親しむ手遊びや童謡、心温まる絵本、そして代々語り継がれてきた昔ばなしや落語の中にも、この季節の節目や厄払いの願いが息づいています。これらの文化は、夏越の大祓は、単なる神事としてだけでなく、古くから人々の暮らしの中でさまざまな文化と結びついてきました。子どもたちが親しむ手遊びや童謡、心温まる絵本、そして代々語り継がれてきた昔ばなしや落語の中にも、この季節の節目や厄払いの願いが息づいています。これらの文化は、夏越の大祓の精神を楽しく、そして分かりやすく伝える役割を担ってきました。
行事にまつわる手遊び
夏越の大祓に直接まつわる**特定の「手遊び」**は、広く伝わるものはあまり確認できません。しかし、この時期の情景や願いに通じるような、体を動かす遊びや歌は昔から存在していました。
行事にまつわる童謡
夏越の大祓に直接関連する童謡は多くありません。しかし、この時期の情景や人々の願いと重なる歌はいくつか見られます。これらは、季節の移り変わりや日々の健康を願う気持ちが込められたものなんです。
作品名:草競馬
作曲者名: 不明(古くから伝わる童謡)
関連性: 直接的に夏越の大祓を歌ったものではありませんが、歌詞にある「竹の葉さらさら」という情景は、笹の葉に願い事を書いたり、穢れを移した人形(ひとがた)を流したりする夏越の大祓の風景と重なります。歌いながら体を動かす様子は、罪穢れを振り払うような動作にも通じ、子どもたちが無意識のうちに清めの感覚を体験できる歌として親しまれてきました。
作品名:かたつむり
作曲者名: 文部省唱歌(作詞・作曲者不詳)
関連性: 「でんでんむしむし、かたつむり」と歌われるこの童謡は、かたつむりが殻に閉じこもり、また姿を現す様子が、梅雨を経て夏へと向かう季節の移ろいを感じさせます。かたつむりの丸い形が茅の輪を連想させることもありますね。湿気や穢れが溜まりやすい梅雨から夏にかけての時期に、ゆっくりと進むかたつむりの姿に、人々がこの時期を穏やかに過ごしたいという願いを重ねたのかもしれません。
昔の人々は、こうした童謡を夕涼みの時間や家族団らんの場で子どもたちと一緒に楽しんでいました。歌いながら体を動かすことで、自然と季節の移り変わりや、行事の持つ意味を肌で感じさせていたんですね。
行事に関連する絵本
夏越の大祓や、それに込められた願いをテーマにした絵本は、現代の子どもたちにもその意味を優しく伝えてくれます。
作品名:『おおはらい』など(夏越の大祓をテーマにした絵本)
関連性: 大祓の神事、特に茅の輪くぐりの様子を絵で分かりやすく紹介している絵本が複数あります。茅の輪をくぐる意味や、なぜ穢れを払うのかといった大祓の基本的な知識を、子どもにも理解しやすいように物語として表現しているんです。親が子どもに読み聞かせることで、日本の伝統行事への理解を深める良い機会となります。
作品名:『なつまつり』
作者名: 長野ヒデ子
関連性: 直接的に夏越の大祓を描いているわけではありませんが、日本の夏の祭り全般の賑わいや、人々が楽しく過ごす様子が描かれています。お祭りで人々が集い、夏の厄を払うような活気は、大祓の根底にある「清めと再生」の精神と通じるものがあります。絵本を通して、子どもたちは夏祭りという文化や、それに込められた人々の活気や願いを感じ取れるでしょう。
これらの絵本は、家庭での読み聞かせや、幼稚園・保育園での行事紹介の際に用いられていました。絵や物語の力で、抽象的な「穢れ」や「厄払い」といった概念を、子どもたちが視覚的に捉え、想像力を働かせながら学ぶことができたんですね。
昔ばなしや伝承
夏越の大祓の由来となった蘇民将来の昔ばなしは、まさにこの行事の精神を伝える大切な物語です。
作品名:蘇民将来伝説(そみんしょうらいでんせつ)
関連性: これは、茅の輪くぐりの由来として最もよく知られる昔ばなしであり、夏越の大祓の根幹をなす物語です。疫病を司る神様(武塔神または素盞嗚尊)が、貧しいながらも温かくもてなしてくれた蘇民将来に対し、「茅の輪を付ければ疫病から逃れられる」と告げたという話は、各地の茅の輪くぐり神事の精神的な柱となっています。
楽しみ方: この物語は、お祭りや神社の縁日で語り聞かされたり、お守りとして授与される「蘇民将来子孫也」と書かれたお札の由来として伝えられたりしてきました。人々は、この昔ばなしを聞くことで、茅の輪の持つご利益や、疫病退散への願いを再認識し、日々の生活の中での安心感を得ていたでしょう。
落語や語り継がれる話
お尋ねの「茅の輪くぐり」というタイトルの古典落語や、「町の夏祓いと大騒動」といった講談については、一般的な演目としては確認が難しいようです。しかし、落語の中には、直接的に夏越の大祓をテーマにしたものは多くありませんが、夏の風物詩や、人々の厄払いの願い、長寿を願う気持ちが込められた話は存在します。
作品名:『寿限無(じゅげむ)』
演目分類: 古典落語
関連性: 直接の大祓の落語ではありませんが、長寿や縁起の良い言葉を連ねるこの落語は、人々の「健康に長生きしたい」という願いと通じます。夏越の大祓が「千歳の命延ぶ」と歌われるように、長寿を願う気持ちは、時代を超えて人々の共通の願いであり、落語を通して笑いながらその願いを再確認する機会となっていました。
楽しみ方: 昔の人々は、寄席や地域の集まりで落語を聞きながら、日常の憂さを忘れ、笑い飛ばすことで、心身のデトックスを図っていました。これもまた、広い意味での「厄払い」や「気分転換」であり、夏越の大祓の精神と通じる、精神的な清めの一種であったと言えるでしょう。
このセクションのまとめ
これらの作品は、昔の人々が夏越の大祓の時期に、家族や地域の人々と共に楽しんでいました。物語を聞き、歌を歌い、笑い合うことで、行事の持つ意味を理解し、不安を和らげ、連帯感を育んでいたんですね。現代においても、これらの文化は夏越の大祓の精神を伝え、私たちの心を豊かにしてくれる大切な役割を担っています。
⑧ 行事にまつわる食べ物
夏越の大祓は、単なる神事だけでなく、季節の節目に合わせた特別な食べ物とも深く結びついています。これらの食べ物には、厄を払い、健康を願う昔の人々の知恵と、現代にも受け継がれる豊かな食文化が息づいています。
行事に関連する伝統的な食べ物
夏越の大祓の時期には、特に**「水無月(みなづき)」**という和菓子が代表的です。これは、京都を中心に親しまれてきた伝統的な食べ物で、大祓の精神を美味しく、そして視覚的に表現しています。
水無月(みなづき)
特徴:
三角形に切り分けられたういろうの上に、小豆が散りばめられた和菓子です。ういろうの透き通るような白は氷を、小豆は厄除けを意味すると言われています。
昔の人々が食べていたもの:
平安時代の宮中では、夏に貴重な氷を食べて暑気払いをしていた記録があります。しかし、庶民が氷を手に入れるのは困難だったため、氷に見立てたういろうに、邪気を払うとされる小豆を乗せた「水無月」が考案され、夏の病気や災厄を避けるための食べ物として広まりました。
現代の食べ方:
現在でも、6月30日の夏越の大祓の時期には、京都をはじめとする和菓子店で「水無月」が販売されます。家庭でお茶請けとして楽しんだり、贈答品として利用されたりしています。見た目も涼しげで、夏の到来を感じさせてくれる和菓子として親しまれています。
行事との関係:
「水無月」は、その名の通り旧暦の6月(水無月)の時期に食されます。三角形の形は氷室で切り出された氷片を表し、上に乗った小豆は邪気を払う力があると信じられていました。これを食べることで、半年間の罪穢れを清め、残りの半年を無病息災で過ごせるよう願う、厄除けと健康祈願の意味合いが込められています。
この食べ物は、行事とどう関係しているのか?
これらの伝統的な食べ物は、単にお腹を満たすだけでなく、夏越の大祓という行事の持つ**「厄払い」や「無病息災」という願い**を具体的に形にしたものです。特に「水無月」は、貴重な氷の代わりに食べられた歴史からもわかるように、昔の人々が厳しい夏を乗り切るための切実な思いと知恵が詰まっています。
昔の人々は、この食べ物をどんな場面で食べていたのか?
昔の人々は、夏越の大祓の日に合わせて、家族や親しい人々と共に水無月を食していました。特に京都では、6月30日になると多くの家庭で水無月が用意され、この季節の節目を意識しながら、心身を清め、来るべき夏の暑さに備えていたと言えるでしょう。これは、お祭りや神事に参加するだけでなく、食卓を通じて行事を日常に取り入れ、健康を願う大切な習慣でした。
⑨ まとめ
夏越の大祓:伝統が織りなす「今」への贈り物
夏越の大祓は、単なる過ぎ去った習慣ではありません。それは、私たちが日々の暮らしの中で知らず識らずのうちに溜め込んだ穢れを清め、心身ともに清々しい状態で新たな季節を迎えるための、昔から受け継がれてきた大切な知恵です。一年の真ん中に位置するこの神事は、私たちに一度立ち止まり、自分自身と向き合う貴重な機会を与えてくれます。
この行事が持つ一番の魅力は、**「自然のリズムに寄り添い、自らを整える」**という点にあるでしょう。昔の人々は、太陽の動きや月の満ち欠け、そして季節の移り変わりを肌で感じながら生きていました。夏越の大祓は、厳しい夏を前に、自然の力を借りて心と体をリセットする、そんな昔の人の丁寧な暮らしぶりが凝縮された行事なのです。
現代の私たちは、時間に追われ、ともすれば自然のリズムを忘れがちです。しかし、この夏越の大祓の精神は、忙しい現代社会を生きる私たちにこそ、大きなヒントを与えてくれます。日々のストレスや疲れを「穢れ」と捉え、定期的に心身を「祓い清める」ことで、心穏やかに、そして健やかに過ごすことができるでしょう。それは、昔の人が疫病退散や無病息災を願ったのと同じように、現代の私たちが求める心の健康やウェルネスにも繋がります。
この貴重な伝統を語り継ぐ意義は、計り知れません。それは単に過去の習慣を知るだけでなく、昔の人々の自然への畏敬の念、生活の知恵、そして未来への願いを、現代の私たち自身が受け継ぎ、さらに次の世代へと繋いでいくことだからです。夏越の大祓という行事を通して、私たちは日本の豊かな文化の根底にある精神性を再認識し、日々の生活に感謝と清々しさをもたらすことができるはずです。
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